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映画録音部を15年やってわかったこと

録音の世界はなかなか奥が深く、理解するには想像力が必要です。カメラの露出も似ていますが、音は目に見えないので露出以上に説明が難しいですね。

人間の耳の特徴は聞き分け能力にあり

人間の耳はよくできていて、雑踏の中でも聞きたいものを聞き分ける能力がありますね。しかも、聞きたい音以外が聞こえなくなるほど、選別する能力が高くなっています。
ところが、マイクはそうなっておらず、単純に入っておく音を素直に記録します。これが厄介で、人間は生で聴いている音は選別できるのですが、マイクを通した音は聞き分けが難しくなります。ですから、マイクで録音するときは、人間の耳で聞き分けられる音質で録る必要があります。これが録音部の仕事なのです。もし、万能なマイクがあれば、録音部は必要なく、カメラの上にマイクを置いておけば良いのですが、実際には、そんなマイクは存在せず、録音されたものは、録音の仕方で大きく違う素材になっちゃうんですよ。

録音の3要素とは

繰り返しになりますが、録音された音は、人間が生で聴いている時の音とは違って聞こえます。それには『録音の3要素』が関係していると思います。

要素1:マイクの距離

1つ目は『マイクの距離』です。一番重要です。どんな高性能なマイクを使うよりも、適切な距離に置かれたマイクの方がいい音に聞こえます。遠くから音を録るのは実は非常に難しく、特に人の声は遠くから録ると「遠くの声」に聞こえます。例えば、カメラはアップで撮っているのに、声が遠くに聞こえては不自然ですよね。
それから、マイクが遠くなるにつれて、2つのノイズが大きくなっていきます。1つは環境音です。どんなに静かな部屋でも何かの音がしています。さらに、どんな場所でも音の反射があり、例えば喋っている声もマイクに直接届く音の他に、何かに反射してきた音が聞こえてきます。2つ目の残響音と呼ばれる音です。つまり、マイクの距離が離れるほど、環境音と残響音が聞こえてきます。
もう1つはマイクや録音機器の電気ノイズです。サーというホワイトノイズです。マイクが離れると距離の2乗に比例して音が小さくなります。声を収録するときにマイクの距離が2倍になれば音は4分の1になっちゃうので、マイクのボリュームを上げなければならなくなります。するとホワイトノイズが大きくなります。例えば口の前10cmが適正なマイクと1m離すと、音圧は100分の1(-2dB)になり、ノイズが100倍(+2dB)に増えます。
つまり、マイクが離れると、環境音、残響音、ホワイトノイズの3つが重なって、一気に聞き取りにくくなります。

要素2:マイクの向き

2つ目の要素として、マイクの向きが重要です。マイクは大きく分けて2種類あって広い範囲を同じような音に録れる『無指向性マイク』と、望遠レンズのようにターゲットを絞って録音する『単一指向性マイク』に分かれます。
指向性マイクは、マイク前方の狭いエリアの音だけを録音できます。ですから、上記の環境音と残響音を拾いにくくなり、結果的に狙った音が大きく聞こえます。さらに、単一指向性マイクはもともと感度が高いものが多く、ちょっと離れてもボリュームを上げる必要がありません。ですから、ほいワイトノイズも入りにくいわけです。それでも、離れれば離れるほど、上記の『マイクの距離』理論が目立ってきて、音が悪くなっていきます。
さて、そんな便利な単一指向性マイクには大きな欠点があります。マイクの向きが合っていないと急激に音が悪くなります。理由は『マイクの距離』と同じで、マイクの芯(狙った方向)から外れると急に音が小さくなるので、マイクのボリュームを上げなければなりません。すると環境音と残響音も大きくなっていきます。特にマイクの芯方向からの残響が極端に大きくなるので、芯を外した音はエコーがかかったような音になってしまいます
一方の無指向性マイクとは何でしょうか? ほぼ芯のないマイクのことで、胸につけるピンマイクが代表的なものです。電話のマイクも無指向性のものが多いようです。この無指向性のいいところは、適当にマイクを設置しても音質が変わらないことにあります。その代わり『マイクの距離』の影響を大きく受けます。つまり、無指向性のマイクは口元に近いほど音が良くなるマイクです。
このマイクの指向性を知らないと、ノイズだらけの聞きにくい音になってしまいます。

要素3:マイクボリューム

さて良い音で録音するための3つ目の要素は、ボリュームです。録音の世界もデジタル化されて、デジカメと同じように露出オーバー(白飛び)に弱くなりました。つまり、大きい音が入ってくると『バリバリ』と音が壊れて、何の音だか、何を喋っているのか分からなくなります。
そこで、録音ではメーターを見ながら適正な音量に調整することが重要になります。ビデオカメラや携帯のボイスレコーダーは非常に優秀で、この音量調整を自動でやってくれて、しかも高品質な音で録れています。ですから、素人がプロ用の録音機器を使って録るよりも、ビデオカメラや携帯のボイスレコーダーに任せた方が綺麗な音になることがほとんどです。
さて、適切な音量って何でしょうか? 実は非常にむずかしい。映画だと、遠くの音は遠くに聞こえたいし、ささやき声はささやきに聞こえたいですね。テレビ番組の音はそこまでシビアではないので、胸元のピンマイクで一定のレベルで録れレバ合格です。

煮え切らない書き方でごめんなさい。
プロ用の録音機で収録する場合、まず、大きすぎると音が壊れて使い物にならないので、それは避けます。一方、ボリュームを下げすぎてしまうと、編集時にボリュームを上げることになります。すると、先ほどの環境音・残響・ホワイトノイズの3つも同時に上がってきます。いわゆる汚い音になります。
さて、ここで問題なのは、仮に録音時に適切な距離、適切な向きで録音したとしても、音量が足りないと環境音・残響・ホワイトノイズが大きくなってしまうということです。
わかりますかねぇ?
環境音・残響・ホワイトノイズは、どんな場所でも必ずあります。環境音と残響は録音スタジオならほぼゼロですが、それでも存在します。適切な距離と向きで録ると、環境音・残響が小さくなるだけです。でも、録音された音が小さければ、それを大きくしようとすると環境音・残響・ホワイトノイズも一緒に大きくなるのです。

つまり、録音時の適正ボリュームというのは、編集時にボリュームを上げずに済む音量ということになります。でも、実は、これはそれほど難しくありません。このマイクは口元から何センチでボリュームいくつ、と決めてしまえば良いだけです。ですから、ラジオの収録スタジオは、ほぼ、そうなっていて、調整なんてほとんど必要がないのです。ピンマイクも同じで、ほとんど調整が必要ありません。
でもね、映画の現場は、そうはいかない。なぜなら、役者が下手だから。うまい役者ならボリューム調整はほとんど要りません。ところが下手な役者は、声の大きさがまちまち、急に叫んだと思ったら、急にウイスパーボイスになる。同じボリュームじゃダメなんです。特にダメなのがウイスパーボイス。ボリュームを上げなくちゃいけなくなるので、環境音が上がってきます。残響も増えます。足跡や衣摺れにも負けちゃいます。
下手な役者は、本当に囁かないと囁き声にならないのです。プロの役者は普通の声量で囁き声が出るし、そういう感情が作れます。下手な役者ほど、本当に怒らないと怒った気分にならないし、本当に囁かないと囁いた演技ができない。
この辺りが録音部的な役者の評価なんですが、それがそのまま映画の演技に現れて、一般的な役者の評価と一致しています。

桜風さんのマイク沼(1)・SM63編

映画録音部の桜風さんですが、最近はすっかりFMラジオのディレクターとしてご満悦。
音の世界は非常に広く深く、写真の世界のように機材のバリエーションが豊富です。いや、カメラやレンズよりも種類が多いかもしれません。例えばバイオリン用マイクがあったり、人の声に特化したものがあったり、などなど。

インタビューマイクSHURE SM63(L/LB)

テレビでレポーターが握っている細長いマイクが、このSHURE SM63。実は3種類あって、レポーターが使っているのがロングタイプのSM63L(シャンパンゴールド色)かSM63LB(ブラック色)。普段は見かけないけど、短いタイプのSM63です。

こういうタイプのマイクを『ハンドマイク』って呼びます。カラオケ用マイクもハンドマイクです。手で握って使うタイプですね。実は、この『手で握る』というのが非常に高度な技術なんです。
マイクというのは、近くにある全ての音を拾います。ということは、手で握る音も拾います。こういうノイズを『ハンドノイズ』『ハンドリングノイズ』『握り音』と言います。もうお分かりだと思いますが、インタビューやボーカルが歌うときに使うマイクというのは、この握った時のハンドノイズが出ない構造になっています。実は、これがかなり高度です。

SM63は、細長いボディーの中に集音装置が宙づりになっていて、ボディーからの音を排除しているのです。ちなみに、カメラの上につけるマイクを握って使うと、ボソボソというハンドノイズが大きく入ります。でも、SM63はマイクの使い方を知らない人が使っても、ほとんどノイズが出ません。すごいですね。

そして、もう1つの特徴が、非常に頑丈だということです。他のメーカーのマイクの先っぽの網は金属製ですが、SM63は樹脂製です。ぶつけても落としても、普通はびくともしません。仕様では2mの高さから落としても壊れないそうです。このタフさが、プロの現場で選ばれる理由の1つでもあります。

音質はクリアで聞きやすい

SM63は、テレビやラジオのロケでは定番のマイクです。シェアは8割くらいあるんじゃないかなぁ。
人の声を明瞭に収録することを目的に作られているのも、このマイクの特徴です。どういうことかというと、マイクというのは、収録したい音源に応じて大きさや形状が異なります。例えばドラムの音を録るマイクで人の声は録りにくいということです。

  • SM63には、人の声を綺麗に録るための仕組みが多数入っています。
  • 人の声の周波数を明瞭に録る集音部
  • マイクに息がかかった時の『吹かれノイズ・ポップノイズ』を軽減する構造
  • 風切り音の軽減機能
  • 電気ノイズからの防御機能
  • これらが搭載されています。

さて、肝心の音質ですが、本当に人の声がクリアで聞き心地がいいです。歌手のためのボーカルマイクに比べると軽い感じです。軽いというのは、そうだなぁ、AMラジオの音は軽め、FMラジオの音は重厚って感じですかねぇ。本当はそんなに簡単じゃないですけどね。

SM63Lで収録した屋外のインタビューの声。録音機材はTASCAM DR-10X。

これが屋外の雑踏の中で収録したラジオ用の音源です。音質はマイクとの距離で変わります。男性(僕)の声はマイクに近いので、ちょっとモコモコしています。女性の声はやや離れているので、自然な声ですね。ちょっと全体に変なモコモコの圧縮音になっているのは、DR-10Xのリミッターの影響だと思います。
通常は、低音部を切って収録(ローカット)するのですが、FMラジオ用の音源なので、あえてローカットせずに収録しています。ローカットするとテレビやラジオの音に近づきます。

聞きどころはもう1点、周囲の音がほとんど入っていないことです。初詣で賑わう会津若松の鶴ヶ城なので、周りには人がたくさんいるのと、冒頭にもちょっとだけ聞こえますが、アイスバーンになっている地面の足音が結構大きいのです。でも、このマイクは向けた人の声だけをクリアに拾っています。
人の声だけを自然に拾うのは、実は結構難しくて、映画の録音部が一番苦労することです。このマイクは、その難しいことが非常に楽にできます。ただし、映画ではマイクの写り込みができないので、このマイクで映画の音(声)を録ることはほとんどありません。そう、このマイクは画面に映り込む位置で使うことで、最適な声が録れるのです。

他のマイクとの違いは?

このSM63はダイナミックマイクという種類です。磁石とコイルでできているマイクです。マイクには、このダイナミックの他に、コンデンサーマイクというのがあります(本当はもっと種類があります)。コンデンサーマイクというのは、電源が必要なマイクで、高感度で自然の音や楽器の音を録るのに使われます。つまり、録音できる音域が広買ったり、小さな音を録ることができたります。でも、コンデンサーマイクというのは録音技師が常に調整することが求められるマイクです。マイクと口の距離や声の大きさ、声質に応じてボリューム調整をします。
でも、SM63は、そういった調整をせずとも、上のサンプルのようにクリアな声が録れます。実は、このサンプルはヘッドホンもせずに、つまり、観測せずに録音しています。マイク任せでこのくらい録れちゃうマイクなのです。

もし、これをコンデンサーマイクで同じように使うとしたら、オートゲイン機能(ボリュームの自動調整)で録ることになります。コンデンサーマイクは音域(周波数)が広いのですが、音量変化に弱く、急に大きな音が入ると割れてしまいます。そこで、ボリューム調整で一定の音圧(音の大きさ)にするのですが、それを自動で行うのがオートゲインです。でも、オートゲインを使うと、しゃべっていない時にボリュームが上がって周囲の音が大きく入ってきます。喋り出すとボリュームが絞られて周囲の音が小さくなります。これは良し悪しです。ラジオやテレビでは、周囲の音を聴かせる意図がなければ、雑音として手作業で消します。オートゲインだと、その作業が非常に面倒になります。
ですから、SM63が好まれるのは、実はボリューム固定でも、上のサンプルのように一定の音圧の声になるからです。

いつも持って歩くのがSM63だ

僕はカバンの中にいつもSM63が入れてあります。急にインタビューする時に使うのです。ロングタイプで124g、短いタイプで98gと非常に軽量です。ロングタイプは23.3cm、短いタイプは14.4cmです。