新たな映像音響を考えるのに、STAXのドライバー(静電薄膜で音を出す専用のアンプ)を内蔵したSRM-D10と、STAXの中では中級になるヘッドホン(イヤースピーカー)のSR-L500MK2を買ったんだ。何が普通のヘッドホンと違うかというと、圧倒的な解像力と音源に忠実な音の再現性にある。その辺りを映画録音部の耳と経験でレビューしてみるぞ。
まずは視聴環境から
普段は仕事で、ソニーのMDR-CD900STというスタジオヘッドホンを改良したヘッドホンを使っている。このヘッドホンは、音楽や映画の現場で定番のもので、高い解像力と再現性を持っている。つまり、プロの音作りでは、多くの技術者やクリエーターがこのヘッドホンで音質のチェックをしている。だから、このヘッドホンで聞いた音が、プロが作った音だと言っても過言ではない。ただ、チューニングしていな状態では、スタジオスピーカーの解像力に及ばないので、僕は改良してスタジオスピーカーに近づけて使うのだ。
要するに、僕らプロの評価基準は、スタジオのモニタースピーカー(標準スピーカー)と同じように聞こえるかどうかなんだ。
心地よいとか色気があるとか、そんなことは、正直、あまり関係がない。味付けされずに、収録されている全ての音が正直に出ているかが重要だ。こういったフラットな音に慣れてくると、味付けされた音が汚く聞こえてくるんだから不思議なんだけどね。
STAXをレビューしよう
さて、今回導入したSTAXのヘッドホンだが、オーディオマニアの中でも評価が高い。ネットでも多くのレビューが上がっている。プロでは音楽系のクリエーターが使うこともある。
さて、今回は、音のプロとしてSTAXをレビューしてみたい。一般的なオーディマニアの評価とは違うかもしれない。
音のプロとして、まず感じるのは、本当に音の解像力が高いこと。そして、苦手な音域(周波数)がないということだ。つまり、音楽で言えばドラムやベースの低音域からシンバルの高音域まではっきりと聞こえてくる。僕らのような音の仕事をしている場合、こういった特性が必要になる。実は、プロの音響スタジオでは、スピーカーから出ている音が、全音域でフラットに出るように機材や部屋を調整する。そのために専用の機器で観測しているんだ。写真でモニターをキャリブレーションするのと同じだ。
そこでSTAXを前述したMDR-CD900STと比較するとどうか。実は、ほとんど変わらないというのが結論。もちろん、STAXの方が若干だが上だろう。その差は、どんなボリュームでも同じ再現性を維持していることにある。
ちなみに、一般的なヘッドホンは、低音や高音が強めに出るように作られていて、そういった味付けされたヘッドホンでは、僕らは仕事にならないのだ。
普通のヘッドホンは、音質がボリュームで変わってしまう
オーディオマニアの評価では、あまりボリュームについて語られていない気がする。実は、音響機器というのは音量によって聞こえる周波数特性が変化する。お手持ちのヘッドホンで、音量を下げていってもらうとわかると思う。低音が先に聞こえなくなっていくだろう。高音も同じように痩せていくと思う。
これは、磁力で振動板を動かすダイナミック式のヘッドホンの宿命だろう。コイルを振動させるため、小さな出力だと十分に動かないためだと思う。
ボリュームの違いで音質が変わって聞こえるのは、人間の耳にも問題がある。加齢とともに高音も低音も聞こえなくなってくる。これは宿命だ。ハイレゾと言っても、高音はそもそも加齢で聞こえないので、意味があるのか、ちょっと疑問に思う。それでも、聞こえにくい周波数帯は、ボリュームを上げて確認するという手段があって、我々は低音や高音については、音質を確認するためにボリュームを変えて自分にも聞こえるようにしている。最終的なバランスは数値で決めるようなこともある。もうちょっと言うと、自分の耳に合わせて音響機器の出力特性を変えないと、本当は正しい(原音と同じ)音に聞こえないのだ。オーディオマニアは、この辺りをどう考えているのだろう?
一方、我々は、測定器でフラットな音を作って、その音に耳を合わせる努力をしているんだ。
小さな音で聴くと性能がわかる
さて、人間の耳のことは別にして、前述のように音響機器の多くは、音質がボリュームで変化してしまうので、ヘッドホンの能力を簡単に調べるにはボリュームを下げればいい。ボリュームを下げても同じように聞こえるヘッドホンは性能がいいと判断できる。別の言い方をすると、ダイナミックレンジが広いかどうかというのと同じだ。クラシック音楽のように非常に小さな音が収録されている音源では、ボリュームを下げたのと同じで、ダメなヘッドホンは小さな音が先に消えていってしまう。
こういったダイナミックレンジは、前述のようにボリュームを下げたり上げたりした時に音質が変わるかどうかで判別できる。ここはアンプの性能にも依存してくるので難しいのだけれど、小さくしても全ての音が同じように聞こえて、ボリューム上げてうるさいくらいにしても、同じように音質が変わらないヘッドホンが優秀だと言うことだ。
STAX:はっきりとした低音と広がりのある音場
さて、STAXのSR-L500MK2だが、本当にフラットでいい解像力だ。STAXの一般的な評価では、低音があまり強くなく色気がないというようなレビューが多いように思う。
いやいや、低音もちゃんと出ている。というか、きちんと調整されたスタジオスピーカーと同じだと思っていい。ただ、スピーカーの場合では低音はウーハーから出る体全体で感じる波動があるから、それを加味すれば低音が足りないというのはもっともな話だ。しかし、それはヘッドホンで聴くなら仕方ない。それを低音を持ち上げて耳で聴かせると原音からかけ離れてしまう。
そういう意味では、STAXは非常に小さい音で聴いていても、全ての音がきちんと聞こえてくる。これは仕事をする上でも非常にありがたい。大きな音で聞き続けると耳が疲れるのだが、それがかなり回避できそうだ。
SR-L500MK2の使用感について
さて、やっとSR-L500MK2とSRM-D10の評価に移ろう。どのボリュームでも、非常にフラットで音質が変わらない。スタジオモニターと同じ音質だと言ってもいい。我々は1日に8時間はヘッドホンで聴いているのだが、そのあたりどうなのか。
SR-L500MK2は非常に重たいので、正直いうと首が疲れるかもしれない。イヤーパッドは非常に大きく、耳だけでなく周辺も全部覆う。ヘッドバンドの張力が強く、締め付けられている感じ。取り付け位置をうまく調整しないと頭が痛くなる。
取り付け範囲(上下位置)は、かなり広くて、振動板自体が上下に9cm近くもあるので、他のヘッドホンのように振動板の中心を耳の穴に合わせるのではなく、かなり上下に変えられる。変えても音質の変化はない。そこで、ヘッドバンドを調整して上下に動かして痛くない位置を探ることができる。最適な位置に縫製できると、何時間も付けっ放しでも痛くならない。まぁ、イヤーパッドが潰れてくるくらいが最適になるはずだから、使うほどに快適さが増すと思う。
強い締め付けだが、メリットも大きい。首をいくら振ってもヘッドホンが全くずれない。これが意外に快適だ。安心感がある。また、耳にイヤーパットが当たらないので、これも快適だ。
一方、SR-L500MK2のイヤーパッドは合成皮革なので、かなり蒸れる。この蒸れはスタジオヘッドホンのMDR-CD900STも同じなんだけど、耳の周辺まで覆ってしまうSR-L500MK2の方が厳しい。夏場が怖い。素材を天然の革にした方がいいと思う。上位機種のSR-L700MK2は天然皮革なので、そちらの交換部品を使えばいいかもしれない。
SR-L500MK2は、他のダイナミックヘッドホンと違い、イヤーパッドを耳から1cm弱ほど離しても低音以外はほとんど変化しない。むしろ、ちょっと耳から離して隙間を開けた方がスピーカーに近い感じになる。イヤーパッドを改造して隙間を開けた方がいいかもしれない。
SRM-D10について
一方、静電式ヘッドホンの駆動部分であるSRM-D10をレビューしよう。STAXのヘッドホンは、真空管と同じ技術で、580Vの高電圧を振動板である薄膜に荷電して、静電気が物を引き付けたり離したりする原理で音を出している。その高電圧の発生などを行うのがドライバーと呼ばれる機器だ。STAXではトランジスター式、真空管式など様々なドライバーを作っていて、ヘッドホンと組み合わせて使う。他社からもドライバーが出ていて、その選択だけでも楽しい。
SRM-D10は携帯式のバッテリー内蔵ドライバーで、デジタル入力(USB)もできる。いわゆるDACが内蔵されていて、ハイレゾにも対応している。
バッテリー充電時間は3時間で、デジタル入力では3.5時間稼働、アナログでは4.5時間。電源は14Vと独自。本当は12Vで動いてくれると業務用音響機器と電源を共有できてありがたいと思う。
他のSTAXドライバーと聴き比べをしたことがないので、音質の差についてはなんとも言えない。しかし、業務用の音響機器として評価するなら、スタジオ仕様のフラットな音質と同じなので、僕としては満足できる。
メーカーによれば、SRM-D10はイヤホンタイプのSR-003MK2に最適化しているようなので、近いうちに入手して使ってみたいと思っている。このSR-003MK2の前身であるSR-001を持っていたのだが、掛け心地以外は非常に素晴らしかった記憶があり、ヘッドホンタイプよりもいいかもしれない。
総論としては、十分の1の価格であるソニーのプロ仕様のスタジオヘッドホンMDR-CD900ST(改良版)とかけ離れた性能とは言えないが、スタジオヘッドホンとしては仕事で使えると言える。小さな音でもフラットで高い解像力はあるので、長時間での使用にも適している。
今、映画2本の音の仕上げ作業(MA)をやっているのだが、このSTAXでいい作品に仕上がる気がしている。力強い相棒が手に入ったと言える。