録音の世界はなかなか奥が深く、理解するには想像力が必要です。カメラの露出も似ていますが、音は目に見えないので露出以上に説明が難しいですね。
人間の耳の特徴は聞き分け能力にあり
人間の耳はよくできていて、雑踏の中でも聞きたいものを聞き分ける能力がありますね。しかも、聞きたい音以外が聞こえなくなるほど、選別する能力が高くなっています。
ところが、マイクはそうなっておらず、単純に入っておく音を素直に記録します。これが厄介で、人間は生で聴いている音は選別できるのですが、マイクを通した音は聞き分けが難しくなります。ですから、マイクで録音するときは、人間の耳で聞き分けられる音質で録る必要があります。これが録音部の仕事なのです。もし、万能なマイクがあれば、録音部は必要なく、カメラの上にマイクを置いておけば良いのですが、実際には、そんなマイクは存在せず、録音されたものは、録音の仕方で大きく違う素材になっちゃうんですよ。
録音の3要素とは
繰り返しになりますが、録音された音は、人間が生で聴いている時の音とは違って聞こえます。それには『録音の3要素』が関係していると思います。
要素1:マイクの距離
1つ目は『マイクの距離』です。一番重要です。どんな高性能なマイクを使うよりも、適切な距離に置かれたマイクの方がいい音に聞こえます。遠くから音を録るのは実は非常に難しく、特に人の声は遠くから録ると「遠くの声」に聞こえます。例えば、カメラはアップで撮っているのに、声が遠くに聞こえては不自然ですよね。
それから、マイクが遠くなるにつれて、2つのノイズが大きくなっていきます。1つは環境音です。どんなに静かな部屋でも何かの音がしています。さらに、どんな場所でも音の反射があり、例えば喋っている声もマイクに直接届く音の他に、何かに反射してきた音が聞こえてきます。2つ目の残響音と呼ばれる音です。つまり、マイクの距離が離れるほど、環境音と残響音が聞こえてきます。
もう1つはマイクや録音機器の電気ノイズです。サーというホワイトノイズです。マイクが離れると距離の2乗に比例して音が小さくなります。声を収録するときにマイクの距離が2倍になれば音は4分の1になっちゃうので、マイクのボリュームを上げなければならなくなります。するとホワイトノイズが大きくなります。例えば口の前10cmが適正なマイクと1m離すと、音圧は100分の1(-2dB)になり、ノイズが100倍(+2dB)に増えます。
つまり、マイクが離れると、環境音、残響音、ホワイトノイズの3つが重なって、一気に聞き取りにくくなります。
要素2:マイクの向き
2つ目の要素として、マイクの向きが重要です。マイクは大きく分けて2種類あって広い範囲を同じような音に録れる『無指向性マイク』と、望遠レンズのようにターゲットを絞って録音する『単一指向性マイク』に分かれます。
指向性マイクは、マイク前方の狭いエリアの音だけを録音できます。ですから、上記の環境音と残響音を拾いにくくなり、結果的に狙った音が大きく聞こえます。さらに、単一指向性マイクはもともと感度が高いものが多く、ちょっと離れてもボリュームを上げる必要がありません。ですから、ほいワイトノイズも入りにくいわけです。それでも、離れれば離れるほど、上記の『マイクの距離』理論が目立ってきて、音が悪くなっていきます。
さて、そんな便利な単一指向性マイクには大きな欠点があります。マイクの向きが合っていないと急激に音が悪くなります。理由は『マイクの距離』と同じで、マイクの芯(狙った方向)から外れると急に音が小さくなるので、マイクのボリュームを上げなければなりません。すると環境音と残響音も大きくなっていきます。特にマイクの芯方向からの残響が極端に大きくなるので、芯を外した音はエコーがかかったような音になってしまいます。
一方の無指向性マイクとは何でしょうか? ほぼ芯のないマイクのことで、胸につけるピンマイクが代表的なものです。電話のマイクも無指向性のものが多いようです。この無指向性のいいところは、適当にマイクを設置しても音質が変わらないことにあります。その代わり『マイクの距離』の影響を大きく受けます。つまり、無指向性のマイクは口元に近いほど音が良くなるマイクです。
このマイクの指向性を知らないと、ノイズだらけの聞きにくい音になってしまいます。
要素3:マイクボリューム
さて良い音で録音するための3つ目の要素は、ボリュームです。録音の世界もデジタル化されて、デジカメと同じように露出オーバー(白飛び)に弱くなりました。つまり、大きい音が入ってくると『バリバリ』と音が壊れて、何の音だか、何を喋っているのか分からなくなります。
そこで、録音ではメーターを見ながら適正な音量に調整することが重要になります。ビデオカメラや携帯のボイスレコーダーは非常に優秀で、この音量調整を自動でやってくれて、しかも高品質な音で録れています。ですから、素人がプロ用の録音機器を使って録るよりも、ビデオカメラや携帯のボイスレコーダーに任せた方が綺麗な音になることがほとんどです。
さて、適切な音量って何でしょうか? 実は非常にむずかしい。映画だと、遠くの音は遠くに聞こえたいし、ささやき声はささやきに聞こえたいですね。テレビ番組の音はそこまでシビアではないので、胸元のピンマイクで一定のレベルで録れレバ合格です。
煮え切らない書き方でごめんなさい。
プロ用の録音機で収録する場合、まず、大きすぎると音が壊れて使い物にならないので、それは避けます。一方、ボリュームを下げすぎてしまうと、編集時にボリュームを上げることになります。すると、先ほどの環境音・残響・ホワイトノイズの3つも同時に上がってきます。いわゆる汚い音になります。
さて、ここで問題なのは、仮に録音時に適切な距離、適切な向きで録音したとしても、音量が足りないと環境音・残響・ホワイトノイズが大きくなってしまうということです。
わかりますかねぇ?
環境音・残響・ホワイトノイズは、どんな場所でも必ずあります。環境音と残響は録音スタジオならほぼゼロですが、それでも存在します。適切な距離と向きで録ると、環境音・残響が小さくなるだけです。でも、録音された音が小さければ、それを大きくしようとすると環境音・残響・ホワイトノイズも一緒に大きくなるのです。
つまり、録音時の適正ボリュームというのは、編集時にボリュームを上げずに済む音量ということになります。でも、実は、これはそれほど難しくありません。このマイクは口元から何センチでボリュームいくつ、と決めてしまえば良いだけです。ですから、ラジオの収録スタジオは、ほぼ、そうなっていて、調整なんてほとんど必要がないのです。ピンマイクも同じで、ほとんど調整が必要ありません。
でもね、映画の現場は、そうはいかない。なぜなら、役者が下手だから。うまい役者ならボリューム調整はほとんど要りません。ところが下手な役者は、声の大きさがまちまち、急に叫んだと思ったら、急にウイスパーボイスになる。同じボリュームじゃダメなんです。特にダメなのがウイスパーボイス。ボリュームを上げなくちゃいけなくなるので、環境音が上がってきます。残響も増えます。足跡や衣摺れにも負けちゃいます。
下手な役者は、本当に囁かないと囁き声にならないのです。プロの役者は普通の声量で囁き声が出るし、そういう感情が作れます。下手な役者ほど、本当に怒らないと怒った気分にならないし、本当に囁かないと囁いた演技ができない。
この辺りが録音部的な役者の評価なんですが、それがそのまま映画の演技に現れて、一般的な役者の評価と一致しています。