霊感に導かれて、会津から江戸へ(4)

<会津から江戸へ>

さて、僕のご先祖様:金澤家ですが、会津出身ではなく、どこかの旗本の出だろうということになりました。もちろん、ぜんぜん関係なく、なんとなく金澤という姓を名乗っただけかもしれません。記録には「不詳」としか書いていないからです。

もう少し目録を読んでみると

「菩提寺:江戸三田徳玄寺 福徳山妙音寺」

と2つのお寺が書いてあります。後者の妙音寺は会津のお寺ですから、これは地元の菩提ということになります。でも、先に書いてある江戸三田の徳玄寺は?

このお寺、今でも港区の三田にあります。実は…、怖いので後で。

つまり、菩提寺からすると、金澤家の出身は江戸ということになります。
ますます旗本の線が濃厚です。江戸から、こんな離れた会津へやってくるというのは、相当なコネとか主従関係がないとあり得ません。お殿様が代わる時に、実務者(役人=武士)の入れ替えが行われたようなので、その時に江戸でスカウトされたのが金澤治左衛門成昌さんだったということです。

他の金澤家というと、信州にも有名な家系があるようですが、江戸の旗本という線だと、大先生の言うように、北条家から分かれた金澤家が有力です。

それにしても、そんな名家がご先祖様なのでしょうか?

<霊感スタート>

前にも書いたかも知れませんが、我が一族(母方)には、霊能力者がたくさんいます。その霊能力で古代の遺跡を発掘して国宝発見なんて従兄弟は、文化庁で文化財の審議官にまでなっています。詳しくは別の機会に書きますが、僕は霊感ゼロ、でも、僕の周りでは霊感ばかりで大変です。

さて、菩提寺の江戸三田徳玄寺ですが、実は、今の渡邊家のお墓のある三田荘厳寺のお隣にあります。荘厳寺は、父方の祖母が、戦後に自分で見つけて菩提寺になりました。渡邊家の本家の墓は水戸にあります。なんで三田のお寺なのかおばあちゃんに聞いたことがあったのですが、いろいろ探してココが一番良かった、とのこと。直感かよ、墓選び!

そして、金澤家の菩提寺の徳玄寺ですが、なんと、お隣にあるだけじゃなくて、宗派も山も同じです。たぶん、兄弟のお寺なんじゃないかなぁ。今度聞いてみます。

そして、こんな偶然は、大したことはないのです。

<叔父の枕元に、金澤様、立つ>

そして今朝、一族の霊能力者ナンバー3である叔父(母方末弟)から電話がかかってきて、
「健一か、お前さんが、なんていうか、パンドラの箱を開いてしまったので、俺の所に金澤様が来られてな。
ああ、お前が今回、繋いでしもうたのでな、仕方ないな。
あのな、もっと古い金澤家を調べてほしいとのことじゃ。おそらくな、1100年代くらいらしいぞ。会津へ行ったのは、おそらく分家の分家くらいらしいが、本家筋がな、ちゃんと調べてくれとな、そう仰っているぞ」

そう、会津の大先生の言うことと、叔父の枕元の話が一致しています。
ということで、さらに調べる運びとなりましたとさ!

桜風涼 について

はるかぜ すずし
1965年生、慶應義塾大学法学部卒。
作家・脚本家
日本児童文芸家協会会員
シナリオセンター修了

大学時代の専攻は、犯罪学・被害者学・刑事政策・法医学など。
特に法医学は、筆者が学んだ年のみ、慶應の医学部で授業が行われ、よりリアルな研究を行った。
特に法医学では、期末試験のために、教えた教授が筆者にノートを借りたほどの熱心さ。
その1年間の授業をまとめたノートは五冊にも及ぶ。
当時の写真資料は、すべて手書きの図版に書き起こされているほど、法医学への熱はすごい。

1996年、ソネット・クリエーターズ・ガレージ最優秀賞
2003年、劇場映画【ベースボールキッズ】で文部科学省選定作品
2005年、同上、小説「ベースボールキッズ】出版
その他、著書多数。
2000年より映像作品が多く、テレビ番組、CM、映画などで活躍。

1995-2000年:コンピューター雑誌のライターとして、多い時期で月に14連載をもつ人気。
技術書の執筆は15冊。

2000~は映像が主流に。
映画監督、テレビディレクター、CMプランナーとしても有名。
2009年前後は、年間200本ちかいCMを制作していた。
また、旅番組では電波少年で有名になった「なすび」と共に、数多くの名所を探訪。
温泉にも造詣が深い。

雑誌やテレビ制作を数多く手がける一方で、小説は地道に書き続けている。

著者インタビューを受けました。
「きんどるどうでしょう」
http://kindou.info/7229.html

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